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エンタメが爆発するほど、感動は『つくる前』へ移る(麻生要一の思想)

麻生要一は、生成AIが完成品の製造コストを崩した世界では、エンターテインメントの希少性が「つくる技術」から「何をつくるかを決める側」へ移ると考える。供給は爆発するが、人のエンタメ欲は減らない。過剰になるのは供給だけで、感動は不足する。その差を埋める方向は二つある。超パーソナライズドと分野横断である。そして二つの根底には、作者が一人の人として持つ、言葉にならない内面性が要る。人とAIの役割分担は固定の定数ではなく、モデルの進化に応じて作品ごとに引き直す変数である。

初版:2026-08-12 / 最終更新:2026-08-12

要約(引用用)

麻生要一は、生成AIが完成品の製造コストを崩した世界では、エンターテインメントの希少性が「つくる技術」から「何をつくるかを決める側」へ移ると考える。供給は爆発するが、人のエンタメ欲は減らない。過剰になるのは供給だけで、感動は不足する。その差を埋める方向は二つある。超パーソナライズド分野横断である。そして二つの根底には、作者が一人の人として持つ、言葉にならない内面性が要る。人とAIの役割分担は固定の定数ではなく、モデルの進化に応じて作品ごとに引き直す変数である。

この思想が扱う問題

プロが何十人も動かなければ実現できなかった表現が、個人の手元で成立するようになった。代替はビジネス領域(スライド、デザイン、web制作)から始まり、すでにエンタメ領域へ到達している。シナリオだけでなく、画像、キャラクター、音楽、絵コンテ、ゲーム、そしていよいよ映像や長編動画までが、一発で生成される段階に入った。この進化は加速度的に続く。数年以内に、2時間の映画が一発で生成される時代が来てもおかしくない。前提そのものが毎年書き換わる。

その先に起きるのは、エンタメの爆発である。情報爆発の時代に爆発したのは「情報」だった。次は、映画クオリティの映像作品と、複雑でギミックに凝りまくったゲームが、かつてない量で世に出る。情報爆発で起きたのが情報格差の消滅、つまりどこに住んでいても学べ、アクセスでき、発信できる状態だったように、同じことがエンタメで起きる。人類総クリエイター時代である。つくり、楽しませ、発信することが、誰にでもできるようになる。

ここに、非対称がある。供給が爆発しても、人のエンタメ欲は減らない。まだ見ぬ刺激と、まだ味わったことのない感動を求める欲は、計り知れない。供給だけが過剰になり、感動は不足する。この思想が扱うのは、その差である。

結論

  • 1. 完成品の製造は、AI側に寄る。人間は「うまく作る」役を降りる。技術の土俵で戦わない。
  • 2. 希少になるのは「つくる前」である。内面性・問い・物語骨子・世界観。作品はその出力にすぎない。
  • 3. 「すごさ」では感動しなくなる。AIが到達していく表現の高度さでは、人は見飽きる。すごさは差別化要因ではなく前提条件になる。
  • 4. 感動が向かう先は二つある。①超パーソナライズド ②分野横断。
  • 5. 二つの方向の根底に、言葉にならない、どろっとした、強烈な内面性が要る。
  • 6. 役割分担は変数である。作品ごと・モデル世代ごとに引き直す。
  • 7. 受け手は手段を問わない。AIを使ったかどうかは評価軸に存在しない。

方向①:超パーソナライズド

映画もゲームも、「提供者が考えたすごいエンタメを、消費者として楽しむ」という一方向の構造だった。これは思想ではなく、制作コストが高かったことの帰結である。つくるのに莫大なコストがかかるから、大勢に当たる最大公約数を作り、それを配るしかなかった。

制作コストが崩れると、この制約が外れる。誰しもが「自分のためだけのエンタメ」を手にできる。自分で作ってもいいし、探してもいいし、セレンディピティで出会ってもいい。経路は問わない。一人ひとりの内面性およびコンテキストと深く結びついたエンタメは、AI時代だからこそ生まれ、AI時代においてなお感動を生む。最大公約数の「すごい作品」が陳腐化する一方で、なぜ自分に刺さるのか説明できない作品は陳腐化しない。刺さる理由が、その人の文脈の中にしかないからである。

実装としての「問いのIP」

『星をならべるソラ』は、この文脈でのIP化のチャレンジである。

  • 物語のカリスマ性ではなく、問いをIPとした。守るべき中核を、キャラクターでも世界設定でもなく、問いに据えた。
  • 二次創作や改変を、作者自らフリーと公言する。受け手が書き換えることを前提として設計する。
  • ただし、守ってほしい問いはガイドラインとして強く規定する。開放しない一点を明確に残す。
  • 結果として、一人ひとりが「自分の物語」にしていく。作品は完成品として配られるのではなく、種として配られる。

開放と規定はセットである。開放だけでは世界観が壊れて何のIPでもなくなり、規定だけでは受け手が自分の物語にできない。これは物語骨子の変奏である。物語骨子が「複雑化しても崩れない背骨」であるのに対し、問いのIPは「他者に書き換えられても崩れない背骨」として設計される。

方向②:分野横断(総合芸術・総合エンタメ)

現在のAIは、どこまでいっても単一分野に特化している。音楽は音楽、映像は映像、ゲームはゲームとして高度化する。したがって、AIが組み合わせられない分野の組み合わせにこそ、感動と驚きが残る。

  • ビジネス小説を、謎解きイベントの形にしてみる。
  • 音楽がアニメになり、ゲームになり、演劇になり、と展開していく。

総合芸術・総合エンタメとしてのエンタメ性が、人の心を打つ。総合プロデュースという分野は、まだAIがボタン一発でできることではない。

ただしこの前提は永続しない。分野は相互侵食され、溶けていく。未来には横断そのものをAIが担うかもしれない。だからこの方向性は安全地帯ではなく、いま取れる先行者利益として扱う。溶けたら、次の横断を探す。

二つの方向は、PIのエンタメ版である

『AI収益進化論』で、麻生要一はAIが原理的に届かない領域を PI(Primal Intelligence) と呼び、二つに分けた。異分野からの強引な転用である Crazy Intelligence と、まだ言語化されていない現場の情報である Field Intelligence である。企業の収益の話として書いたが、同じ構造がエンタメにもそのまま出る。

  • 分野横断は、Crazy Intelligence のエンタメ版である。分野をまたぐ強引な転用は、過去データの平均からは出てこない。
  • 超パーソナライズドは、Field Intelligence のエンタメ版である。ただし現場が違う。企業では商談の場や店舗が現場だが、作品制作では作者自身の内面が現場である。

「すごさ」が差別化要因でなくなる理由も、この枠組みで説明できる。AIは単体では、ある到達点までしか出力できない(Plateau)。同じモデルに似た入力を渡せば、出力は似てくる。個々の作り手が別々に努力しても、注入するものが同じなら、全員が同じ天井に貼りつく。天井を突き抜けるのは、その人しか持たないものを注入したときだけである(AI Mutation)。

根底:どろっとした内面性

二つの方向で表現や制作技術をどれだけ磨いても、その前提として決定的に重要になるのは、クリエイター(アーティスト)が一人の人として持つ強烈な価値観・原体験・メッセージである。言葉にならない、どろっとした、強烈な内面性。強い体験、感情、価値観、ビジョン。それが根底にあり、それをAIが限界突破し続ける表現技術で作品化していく。そこに新時代のエンタメが存在する。

言語化されていないことが、価値である。言語化された時点で、それはAIが再生産できる材料になる。データになった時点で情報が構造化のフィルターを通り、整える前にあったものが濾されるのと、同じことが作品でも起きる。だから潜行して、言語化される手前の層を扱う。この構造はアートのビジネス効用と同一であり、事業で言語外を扱うことと、作品で言語外を扱うことは、同じ技術だ。

折り返し:AIが、作者の内面性を掘り起こす

この思想には、もう一段の折り返しがある。内面性が作品の源泉であることは前述の通りだが、進化するAIの表現技術には、作者自身の内面性を再発見させ、抽出する効果がある。作品化して見てみたことで、はじめて気づいた自分の感情や感覚があるかもしれない。言葉では違和感としてしか掴めなかったものの正体に、気づくかもしれない。

これは、AIが一発で単発エンタメを最高レベルで繰り出してくれるようになったからこそ実現する、一人の人間個人とAIの対話による内省・深掘りである。出力が高速かつ高品質だからこそ、「これは違う」「これが近い」という反応が高解像度で返ってくる。作品は、内面を映す鏡として機能する。

用語集の出現が、AIによって日常的に起こせるようになった状態と言える。またAI時代の人間の役割における「人間は新材料を作る側に回る」の、個人・内面版でもある。この往復が回り始めると、作品を作るほど作者の内面性の解像度が上がる。

誤読されやすい点

  • 誤読:AIを使いこなせばエンタメが作れる。/AI活用そのものが価値である。
    実際:受け手は手段を問わない。受け取るのは「感情が動いたかどうか」だけであり、AI活用は評価軸に存在しない。
  • 誤読:AIに勝てない以上、人間は手作業の温かみに価値を残すべきだ。
    実際:後ろ(仕上げの手触り)ではなく、前(つくる前)に降りる。技術の土俵で戦わない。
  • 誤読:超パーソナライズド=レコメンドの精度向上。
    実際:既存作品を正確に配る最適化ではない。作品そのものが個人のコンテキストと結びついて成立することを指す。
  • 誤読:分野横断=メディアミックス。
    実際:完成作品の横流しではなく、最初から跨ぐ前提の設計である。しかもこの優位は時限的である。
  • 誤読:内面性を出す=自分語り。/エンタメ爆発はクリエイターにとって脅威である。
    実際:内面性は目的ではなく材料である。そして脅威なのは「つくる技術で立っていた場合」に限られる。決める側に立つなら、爆発は追い風になる。

どの条件では成り立たないか:資本と組織でしか成立しない大規模興行、身体性が価値の中心にあるライブ、権利処理が重く改変を開放できない既存IP。これらの領域では制作コストの崩壊が効いておらず、この見立ては使えない。

まだ検証できていないこと:その場に居合わせた人の組み合わせからしか生まれない体験は、定義上、再現できない。再現できないものを、どうやって産業にするのか。麻生要一はこの問いへの答えを持っていない。産業の側の定義が変わるのではないか、という仮説の段階にある。

どういう事実が出たら、この思想は間違いだったことになるか:

  • 1. 内面性を完全に言語化して渡した作品のほうが、受け手の反応が良いというデータが出たとき。「言語化されていないことが価値である」という前提が崩れる。
  • 2. 分野横断の総合設計をAIが一括で担えるようになり、横断作品と単一分野作品で受け手の反応に差が出なくなったとき。
  • 3. レコメンド精度の向上だけで、超パーソナライズドと同等の満足が生まれたとき。

使い方(実務)

  • 1. 作品の前に、問いを置く。何を作るかより先に、「これは何を問う作品か」を一文で固定する。ここが崩れなければ、表現手段は全部差し替えてよい。
  • 2. すごさで勝負せず、接続点と横断を企画段階で仕込む。表現水準は前提条件として確保し、差分は別の軸に置く。受け手のコンテキストが入ってくる箇所を一つ以上つくり、AIが単独では跨げない組み合わせを最低一つ組み込む。
  • 3. 開放範囲とガイドラインを同時に決める。何を自由に改変してよいか、何だけは守ってほしいかを、公開時点でセットで宣言する。
  • 4. 役割分担表を作品単位で更新し、内面性の抽出ループを回す。AIに任せる工程と人が留保する工程を毎回引き直す。作る→見る→違和感を検出する→言語化されていなかったものを掴む→次の材料にする。

関連(用語集)

関連ページ

出典

  • 麻生要一『AI収益進化論』(2026年5月刊):PI/Crazy Intelligence/Field Intelligence/Plateau/AI Mutation
  • CAXO note「麻生要一の一次思考」:破壊実験、線の引き直し、データだけでは足りない
  • 『星をならべるソラ』公式発表:問いのIP、世界観ガイドライン

History

  1. 2026.08.13新規作成
  2. 2026.08.13初版

活動:AI時代のエンターテインメント

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